研究・教育

修士論文と卒業論文の4つの違い|執筆に求められる能力を含めて解説

大学院の修士課程(博士前期課程)を修了する際には修士論文が必要です。修士論文は卒業論文と比べていくつかの点で違いがあります。今回は修士論文と卒業論文の概要とその違い、執筆の際のポイントについて説明します。

修士論文と卒業論文の概要

この項目では、修士論文と卒業論文の概要を説明します。

卒業論文とは

卒業論文は、学部生が最終学年で執筆する、学部で学んだ内容をもとにまとめた論文です。テーマは自由に選択でき、教員の指導の下で執筆する場合が多いです。一部の学部では卒業論文の執筆が卒業要件となることもあります。

修士論文とは

修士論文は、大学院修士課程(博士前期課程)に在籍している学生が執筆する論文です。大学院で研究した分野の内容を深め、自分なりの見解を示すことが求められます。テーマは、大学院で研究した内容を元に自ら決定します。卒業論文から発展させたテーマで執筆する者もいれば、大学院進学後に全く新しいテーマを選ぶ者もいます。

多くの場合、修士論文は修士号の取得のために執筆が必要となります。修士課程の修了に必要な単位数を修得し、修士論文の審査と口頭試問に合格すると修士号を取得できます。

卒業論文と修士論文の違い

卒業論文と修士論文の違いは主に以下の4点です。

  • 目的
  • 研究の範囲
  • 新規性のレベル
  • 活用される機会の違い

それぞれについて説明します。

目的

卒業論文の主な目的は、学生が研究分野の既存の知識に基づいて論理的推論が行えることを証明することです。論理的推論を行うとは以下のような能力を指します。

情報分析能力 既存の情報やデータを扱い、それを適切に理解し分析すること
論証能力  学生が自分の主張をサポートするために必要な証拠を集めて用い、説得力のある議論を形成・展開すること
検証能力 学生が自分の結論や他人の主張に対して批判的な視点を持ち、その妥当性を評価すること

論理的推論を行う能力を身につけると、学部(学士課程)で学んだ内容を深く理解できるだけでなく、情報収集や論証能力を身につけられるでしょう。これらの能力は、社会に出た後も役に立つはずです。

一方、修士論文の主な目的は、特定の分野で高度な研究を行う能力があることを証明することです。高度な研究を行うためには以下のような能力が必要になります。

深度のある知識 特定の分野について広範で深い理解を持ち、より精度の高い結論を導き出せること。既存の研究文献への理解と評価、研究分野の主要な理論や方法論に精通していることが求められる
研究方法の適用能力 適切な研究方法を選択し、必要なデータを収集して適用すること
創造的思考 独自の視点から、特定の分野についての新しいアイデアやアプローチを開発し、従来の研究結果に対して新たな示唆を生み出せること

修士論文は高度な学術的論文であり、執筆することによって論文執筆能力や論理的思考力が向上します。また、修士論文執筆過程で身につく上記のような能力は、自ら研究をデザインして新たな知見を生み出すという、博士(博士後期)課程の学生が求められる能力の礎となります。

研究の範囲

卒業論文は、学部での学習の範囲内で研究を行い、執筆することです。一方の修士論文は、修士課程で身につける専門知識や研究過程を元に執筆するため、卒業論文よりも高度な知識が必要となります。

学部では、学生が広範な視野を持ち、批判的な思考能力を発展させ、その分野の基本的な理解を深めることが重要視されます。そのため、広範で一般的な内容を学習します。

修士課程の目的は、特定の分野における深い専門知識と研究スキルの習得です。学部で学ぶ基本的な知識をもとに、より専門的な知識を修得し、指導教員の指導のもとで独自の研究を行い、専門性を高めます。

また、知識を習得するだけでなく、調査や実験の計画を立てるスキルや、それらを遂行する力も重要になります。

新規性のレベル

卒業論文と修士論文では、求められる新規性のレベルが異なります。卒業論文では、先行研究をもとに自分ならではの問いを立てて、すでにある方法を用いて調査・分析、考察することがほとんどです。一方、修士論文では分析のアプローチの仕方や研究成果自体の新規性など、さらに高いレベルが求められます。

卒業論文の主な焦点は、テーマの設定と目標に向けた調査や実験の設計、研究の背景を固めることにあります。限られた時間内で研究テーマを決定し、調査・分析や実験の準備と背景作りを進め、冬には論文を完成させることが重要です。

一方、修士論文では、これまでの研究成果を集約し、今までに発表された研究と比較して「どの部分が異なるのか」「どの部分が新しい試みなのか」を明確に示さねばなりません。これまでに発表されている論文の内容を理解した上で、教員や他の大学院生から意見をもらいつつ、研究を行うことが重要になるでしょう。

活用される機会の違い

卒業論文と修士論文では、執筆後に活用される機会にも違いがあります。卒業論文は、大学の図書館に配架されたり、インターネット上で公開されたりすることはあまりありません。

一方で修士論文は大学の図書館に所蔵され閲覧できるようになり、インターネット上に公開されることもあります。また、研究結果が優れていたり新規性に長けていたりすると学術誌に掲載される場合もあります。

論文を学術誌に掲載してもらうには、投稿したい学術誌の査読に申し込むことが必要です。査読で採択されれば、学術誌への掲載が認められます。

修士論文と卒業論文を執筆する際のポイント

修士論文と卒業論文を執筆する際のポイントは以下の3つです。

  • 批判的な思考からテーマを生む
  • フレームワークを意識して構成を組む
  • テーマに即した文献を用いる

それぞれについて解説します。

批判的な思考からテーマを生む

卒業論文や修士論文のテーマを決定する際は、批判的思考が重要です。既存の研究結果や常識への反例を見出すことで新しい示唆を生み、意義のあるテーマが出来上がります。批評的思考力を持つには以下の3つを意識するとよいでしょう。

既存の研究の未解決の部分を探す 既存の研究に潜む課題や疑問、未解決の問題を見つけ出せば、それが直接論文のテーマになる
自分の仮説の正当性を疑う 自分の仮説が必ずしも正しいとは限らないという意識を持つことで、自身の研究をより深くより広く探求する機会が生まれる
テーマから導かれる結論に仮説を立てる 研究テーマを設定した後、それから導かれるであろう結論に対する仮説を立てることで、研究の方向性を明確にし、計画を立てることができる

批判的な思考はただ既存のテーマに反論すればよいわけではありません。自らの批判の正当性を疑い、批判の末に着地する結論まで仮説を立てることで、自身の研究が有意義で説得力のあるものとなる可能性が高まります。

フレームワークを意識して構成を組む

論文の質を高めるには論理的な構成で執筆することが重要です。論理的な構成に仕上げるにはフレームワークを意識するとよいでしょう。論文執筆に役立つフレームワークとして、以下3つを紹介します。

序論・本論・結論 序論、本論、結論の三部構成で全体のストーリーを作ることが重要だ。序論では研究の背景、目的、課題を明らかにし、本論では理論的な枠組みや具体的な分析、評価を行います。結論では、本論の結果から得られた知見とその意義を明らかにする
ロジックツリー ロジックツリーとは、事柄を構成している要素をツリー状に書き出すフレームワークである。論文の各部分がどのようにつながっているか、主張をサポートしているかを視覚的に理解するのに有用だ
事実と考察の分離 事実は、観察された現象やデータなど、変更不可能なものを指す。一方、考察は、これらの事実に基づいて行われる個人の解釈や推測である。この2つを混同すると、主観的な解釈が事実として誤解され、誤った結論を導く可能性がある

これらのフレームワークを意識することで、論理的に筋の通った理解しやすい論文が書けます。理解しやすい論文は教員の評価にも繋がりやすいでしょう。

テーマに即した文献を用いる

論文の執筆において研究の信憑性を確保するには、テーマに即した文献を用いることが重要です。文献を読み解くことで、研究背景を深く理解し、研究問題を明確に設定できます。また、先行研究と自分の研究を比較し、自分の研究の位置付けや新規性を明示するためにも文献は不可欠です。

論文のテーマを決定した後には、仮説や研究計画を立てつつ、図書館や学術情報データベースでテーマを裏付ける論文を探してみましょう。文献の内容を元に仮説や研究計画をアップデートすることで質の高い研究ができるようになります。

テーマに適した文献の引用は、論証能力や検証能力、深度のある知識を保持している証明につながるため、卒業論文や修士論文の執筆の際は常に意識しましょう。

まとめ:修士論文と卒業論文の違いを把握しよう

修士論文と卒業論文は、目的や執筆に求められる新規性などで違いがあり、必要な能力も変わります。修士論文は多くの場合、修士課程の修了要件となっており、論文執筆を目標において大学院在学中の研究を進めることになります。

修士論文の審査では、問題意識の適切性・独自性、研究方法の適切性、論文構成の適切性・明確性、結論の妥当性・独自性、先行研究に対する検討の度合、データの信頼性、論文テーマの学問的・社会的意義など、卒業論文以上に高度な水準で審査がなされます。

大学院進学を検討している学生は、両者の違いを理解し、大学院進学後の生活をイメージする材料にするとよいでしょう。